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こちらは、主に素直でクールな女性の小説を置いております。おもいっきし過疎ってます
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今日からわたしは思春期なのだ!

 放課後、学校帰りの途中にある書店に寄った。
 ふと目に留まった、オンナ三十路を越えてからが勝負でしょう、という名前も知らない作家の文庫本を購入した。
 わたしは三十路どころか中学に入ったばかりの十三歳の女子で、女性の色気なんてものはほど遠い。どちらかといえばしょんべん臭いガキと呼ばれるような、そばかすの残る女の子なのだ。
 でも、わたしはこの本を購入して満足しているみたいだ。
 すごく他人行儀な、傍目のような感覚。
 なんとなくこのような感覚に囚われた理由は、わたしが思春期を迎えたのかなぁ……。なんておもってみたんだけど、間違っているような気がするし、間違ってないような気もするし。たぶん、それが思春期を迎えるってことなんだろうと、へんに納得してみるのも一つなのでしょうか……どうでしょう。
 というわけで、思春期とやらを、こんな形で受け入れることになった。
 嬉しいのやらかなしいのやら。どうせだったら好きな男の子に告白されて、恥かしさのあまり、お断りさせて頂きます! と逃げ出して、電柱の影で後悔しながら、でもドキドキしてみたかった。
 人生おもいもよらない、おもいがけないこともあるって、新婚の体育教師がいっていたのを思い出しました。
「センセイ……。センセイが話していた、キャバクラの名刺がお嫁さんに見つかってエライ事件ですよ、よりも事件ですよ! もっといい形での迎え方を希望しますよ!」
 などと、嘆いたみたところで、この高鳴る動悸は治まらない。
 ものすごく遠い場所から自分を眺めているような……。先にある精肉屋の二階のベランダから私を眺めて、あーこの娘って男子に告白されて舞い上がっているのかぁ? おいおい、いいじゃんいいじゃんわたしぃ、とニヨニヨしてしまう自分がいた。
 ということで、なんとも微妙な思春期を受け入れつつ、そして思春期にありがちな、訳もわからず涙が零れてきたので実はわたしは哀しかったんだぁといった、後になって理解する自分を自覚することになった。
 うん! 思春期なんだから年上の女性に憧れる、なんてこともあるでしょう。
「思春期な自分に乾杯」
 小一時間とまではいかないけど二十分ほど物思いに耽っていたのか、やや辺りが暗くなりはじめてくる。暗闇が馴染んでくるみたいだ。
 少々足早に、帰路に着くと、前方にメリケン焼き屋があった。実際にはキャベツしか入っていないお好み焼きなのだが。一つ八十円といったリーズナブルさが、中学生の小腹を満たすにはうってつけなのだ。
 そこに同級生の男子が居た。二学期の席替えで隣になった男子だ。背はまあまあ、顔もまあまあ、雰囲気はちょっとトゲがあるけどそれは照れを隠しているのがばればれだから、淡い優しさに溢れている彼だった。
「なに? メリケン焼き? 安く上げるねぇ」
 彼の背後から近づいて声を掛けた。
「なんだお前か。ほら安いじゃんここ、晩飯までもつよな」
「ふーん」
 なにを言い訳しているのか、そんなことまでべつに訊いていない。
 それよりもどういう訳か、彼がは怪訝に表情を歪ませた。
「なによ、わたしへんなことゆった?」
 彼は首を捻ってわたしから顔をそらした。そのしぐさが怪訝に、というよりも困ってしまって無意識にそむけた、というようなニュアンスだった。
 うーん。どうしたよー、なんかしましたか?
 と、ここで疑問符がよぎった。あれ? 彼との距離ってこんなに近かったのだろうか。いってしまえば吐息がかかるほどの距離に、そのまあまあで愛嬌のある顔があるのだ。
 ああ、彼の肌って間近でみると、朱色のニキビが結構あるんだ。レモンを食えレモンを。レモンを食って顔をくちゃくちゃに顰めさせて、そしてビタミンを摂取するのだ。
「お前さぁ、ちょっと離れてくれよ」
 そういって彼はわたしの肩をぐっと掴んで、押し出すようにしてばりばりっと身体を剥がした。
 そうなのだ、これが思春期の嫌がらせってやつなのだ!
 彼の腕をとってしっかりと握り締めていた自分が居たらしく、沸騰するような彼のぬくもりが胸にのこっていた。おい、思春期とやら、てめぇ行動するんだったら先にわたしに云え。彼もわたしもびっくりするだろうが……馬鹿者。
「なに赤くなってんだよ……」
「え? わたし赤くなってる?」
 もう最悪だ。頬を染めた自覚もない。さぞかし彼に、潤んだ瞳でラヴラヴビームを放っていたことだろう。
 なぜ思春期によって乙女心を自覚させられねばいけないのだ。淡い恋心をあたたかく育ませる時間、片思いの甘酸っぱい気持ちを味わうこと、それが出来なくなってしまったじゃないのさ。
 いきなり告白、いきなりセックスなんて、三十路を越えたオンナがすることなの!
「ちょっとこっちきて!」
 彼の手を取った。この先に公園があるのだ。彼はつんのめりながらわたしに引っぱられている。
 彼の、眉を寄せて甘く砕けた表情にわたしは、なんともいえない背筋を這うような微量の電流を感じた。耳の裏っかわが心地いいぐらいぴりぴりと痺れたのだ。
 嗚呼……。思春期が勝手に反応してしまっている。三十路のオンナはこうなんな風にオトコと対峙すのか。
 凄すぎる! いったいどうやって思春期真っ只中の三十路のオンナは、このうねるような激流をこの激しい濁流を、我がもの顔で突き進んでいられるのか。
 早すぎるよぉー。思春期とやらは子供だったわたしを急激に大人へと変化させたのだ。
 公園の出入り口は五段ほどの浅ひろい階段で、なだらかな下りになっている。彼が転ばない程度に引っぱってゆき、近くのベンチに腰掛けた。
 そのベンチは背もたれが無いタイプだ。しかも少々腐食していて安定感が悪い。お尻を密着させると、みしみし……なんて木片が軋んだ。あーうー結構傷つく――わたしのお尻はそんなに重くないぞ。
 彼は笑った。微笑みではなくて、やわらかくてあったかい、くだけたほほえみだ。微笑みのようなマイナスイメージの印象ではないのだ。その彼の子供っぽい表情を受けてわたしは、胎《からだ》の芯まで彼が浸っていくのだ。
「好き」
 無意識の告白、そう後で気づいた。
 わたしは三十路のオンナになった……。でも声がうわずっていた。けっして三十年の年月を積み重ねたオンナじゃない、十三歳の未発達なオンナなのだ。だから掠れるようにうわずったへんな声が出たのか。
 彼を見詰める。距離が詰まる。鼻頭がふれあうほどの距離が、わたしの心臓をどっこどっこと打ち鳴らした。
 その様が、とても三十路のオンナに思えない。うわべだけのオンナなのだ。
 なにか足りない。
 全然スマートじゃない!
 もっと、こう、痺れるようなオンナのフェロモンが、彼を包むように漂うはずなのだ。
 肩口から腕の関節までを締めつけられた。突然、二の腕が固く鎖されて、熱を帯びている。ああ、彼の胸の中にわたしがいるのだ。二の腕の表面がおののくほど熱いのだけれど、内っかわはじゅんわりとあったかい。電子レンジでチンッとゆわしたような、彼の放電子が胎内を駆け巡る。
 あのぅ、もっと手加減してくれませんか? お願いしますのよー。
 そりゃあもう、鼻頭がこつこつとあたってる状態なので、彼の鼻息が上唇にばしばしとねぇ。きいてますか、きいてないですよねぇ、というか云ってないし。むむむ。脳細胞がぽしぽしと瞬きをしているみたいだ。あれぇ、おそろしく混乱している。
 あうあうあー、口唇が塞がれる。彼のかさかさの質感が妙にはっきりと感じ取れる。こんどのは表面が冷たくて、でもぶしつけに圧しあてられて、くちびるの芯がぬくいのだ。だった。なぜかだったといい直して、気持ちはドッキドキなのだ!
 わたしの答えはNOだけどやっぱりYES。これがつんでれってやつなのかなぁ。そうなのか、キャバクラの名刺で一杯くわされた体育教師のお嫁さんは、こんな気持ちなのか。
 しかも――右のおっぱいを彼は左のてのひらでもしゃもしゃしている。
 おいこら、誰もそこまでしていいなんていってないぞぉー。やっぱりYESなのだ。
 だけど、服のうえからなんて、しかもブレザーのうえからなんて、本当のさわり心地なんてわかんないんじゃないのかな。あーあ、彼の不憫さをおもうと、可哀相になってくる。
「体育教師の若妻がつんでれ」
「え? なに?」
「キャバクラの名刺で大変お世話になったセンセイの幼な妻がつんでれでれでれぇ」
 と、いい放ったら。彼は目蓋をぽしぽしと瞬き慄き、漫画のような吹き出しが頭上でぐぐぐ……、と表現したように眼球が見開かれた。
 さも激しく、みるからに驚いたと云わんばかりの彼に、どちらかといえば愕いたようなしぐさに、私は少々安堵した。それはそれは場違いなつんでれでれでれぇと放たれた言葉の反応としては、至極まっとうなのだった。
 ちゃんと彼はおっぱいをわしづかみにした事実をわきまえているのだ。そしてちゃんと羞恥心を持ち合わせている。愕いた表情とは、羞恥心がなければ表にはあわられないのだ。
 彼の可愛らしさにわたしは、つい追い討ちを掛けてしまう。
「おい! おっぱいは越権行為ナノダヨー」
「あっああ――ごめっ、気づいたらキスしてた、気づいたら、うぅ……」
 するりと彼は視界から消えた。
 みしみし、とベンチの、打ちっぱなしの木片を地味に鳴らして、彼は落っこちたのだ。
 きゅうに肩のあたりが寒くなって、寂しくなったのだけれど。
 彼も思春期だったのだ! 気づいたら、気がついたら、って! 
 オンナになったばかりのわたし口唇を奪って、ふくらみはじめたおっぱいをわしゃわしゃと揉んでおいて――思春期のせいにするなんて! 
 ベンチには背もたれがなかったので、彼は防波堤もなく落っこちていった。彼は頭を打ったのだろう、うぅぅうぅぅと左右に体を振って、もんどりうっている。これは、とーぜんの報いなのだ。
 でも、死ななくてよかった。思春期の野郎によって暴走したあげく、防波堤もなく頭を打って死んじゃったら、目も当てられない。
 手を差し伸べてやろうか、なんておもったけれど。そこはやっぱりとーぜんの報いであって、然るべき報復を噛みしめて戴くとして……。ああ、わたしも思春期の、とーぜんの報いを受けるのか? しかしそれはそれなので、あれはあれで、そうだ! わたしは思春期ってやつの、とーぜんの報いは、しっかりと受けとめたのだ。
 彼によって口唇と発育途上のおっぱいを奪われたのだから、よしとしようではないか。
 暫くしてから、ちょっと恥かしそうにしてそっぽを向いている彼に、わたしは手を差し伸べた。
 背筋をぴんと張って、姿勢を正した。彼がもぞもぞと、子猫のようにこぢんまりと丸まってベンチに座る。自分でも悪戯《わるふざけ》をしてるなぁー、とおもいながら、彼の太腿にてのひらをそえてみた。
「痛かった? すんげく痛かった?」
「うん」
 俯き加減で頭を下げる。わたしは彼の背中に手をそっとあてる。彼は後頭部を気にしながら、むずがるのだった。
「どーしてキスしたの? おっぱいもさわるし……」
 少しだけ怒った風味を雑ぜつつ、でもたしなめるように呟く。これは意図した追い討ちだ。くすくすと笑いを堪えるのに精一杯。
「どうしてって」
 下がっていた彼の頭は、さらに深く落ち込んでいった。ふれるかふれないかの微妙な感触で太腿に置いていたてのひらを、やけどするぐらいの熱い彼のてのひらがぎゅっとにぎる。
「それは……」
「それは?」
「――もう別にいいじゃんか」
 おい! どゆこと? あーた、思春期ってやつのしわざでしょーが。
 わたしは、ぺっと彼の手を振り払ってやった。そしてしらじらしく背中にあてていた手を除《の》けて、密着していた身体をはずしてやったのだ。でもね、心の中では、怒ってないよーばーかばーか、なんてウィンクした気分。これがいわゆる、つんでれでれでれぇつーんーでーれーなのだ。
 わたしは勢いよく立ち上がって、彼に背を向ける。あとは彼が焦って本当のことを云えばいいのだ。好きだ! って告白してもいいんだよ? 三十路の思春期の、いきなりのカミングアウトにいきなりの実践、ざっくりその渦中にあるんだから。
 ごくり、と大袈裟に彼の咽喉が鳴った。
「ごめん! 別にいいことないよな。アレだよ、男の性っていうか……生理現象っていうか。やっちまったっていうか」
 んん? あれれ? おかしいぞ? 可笑しいと笑ってしまうぐらいのおかしさがあるぞ? どうしたのだ? わたしが美少女といえば、そばかす混じりの童顔娘がなにいってやんのぉー三つ編でもしてなさいな、なんだけど――
 まぁね、学年の真ん中から数えて下に二つ三つってなもんの、まずまず、自慢出来ないまでも彼女として紹介するぶんには卑下することもないキュートなわたしだけど、あんなことやこんなことをしておいて、男の性ってましてや生理現象って……。
 てめぇ、誘惑に負けた思春期の発露じゃなかったの! そのファクターが若干数、オンナに対する態度としてすんげく紳士的じゃない!
 振り返って彼を見据えた。自分の表情がいったいどういったものだったのかはわからないけど、彼の面が急激に強張りはじめたのだ。そんな彼の姿から、現在わたしの表情がそりゃーもうすんげく怒り心頭しているのだろう、と易《あん》に理解できた。
「俺も、お前のこと、前から好きだったんだ」
 その彼の切実な言葉とせつない態度で、少しだけ息が詰まった。ぐるぐると彼の思惑のようなものを想像しているうちに、
「なんかさぁ、お前の変わったところなんかがすげー可愛いっていうか好きなんだよー」
「ヘンジャナイデスヨー感受性ガ豊カナダケデスヨー」
 そうなのだ。どさくさに紛れて彼が告白するものだから、緩みきった頬で答えてやったのだ。
 だけど実に曖昧で複雑な内心なのだ。ちょっと、てゆうかかなり喜んじゃっているわたしが居て。すんげく、とゆうか恥かしいぐらいあきらかに彼は誤魔化しているのが、御無体なぁーといいますか。も一回つづけさまにキスして虜に、……取り込んでやろうかねぇ、などとニヤついた堕天使が耳元で囁くのだった。
 で、結局。
 さらに、すきなんだよー、と彼が切迫した面持ちでわたしのすべてを抱きしめるものだから、あいしてーるーとーてーもー、って同級生は一人も知らないんじゃなかろーかスターにしきのベストソングを奏でてしまった。
 自分が傾《かぶい》てしまっているとして(スターにきしののあたりが)、それよりも自分の美声はアニメティックだなぁ、なんて関心しているあたりがれっきとした変人なのだ、と認識した。もしくは誤認したかった。
 したらば結局。
 デモ、ヘンジンジャナイデスヨー。コレハシシュンキーノヤリクチナダケダヨー。とーぜん! 思春期のせいにしてやったのだった。
「弁論の余地はないのだよー。思春期にそんな権限はないのだ!」
 そうなのだ。思春期の癖にぞんざいな扱いを受けている、などと抗議される所以はないのだ。思春期の尊厳とか人権(ひとではないので因権になるのだろうか)を当然として要求するならば、そんなものへし折ってやる。なんだったら、上手く誤魔化せたー助かったよー、なんて胸を撫で下ろしてる彼に喰らわせてやる。
「なにかいった? 弁論ってなんだよ」
 あっ、彼が焦ってる。そんなつもりはなかったのにな。
「ナンデモナイヨー」
「なに笑ってんだよ」
「そんなことないって」
 頬の綻びがとまんない。誤魔化したのがばれた、とおもって彼がめっちゃ焦ってるから、どーしても笑ってしまっている。
 彼に中断されたけれど、まー彼の無理矢理に揚々とさせた顔を眺めると満足しているわたしが居て、それはともかく思春期って野郎にやさしくしてあげるつもりは毛頭ないのだ。やさしくしてやったら、そりゃーもーつけあがるに違いない! だってですよ、たまたま告白だけで済んだかもしれないじゃないですか。もしかしたら、自分から彼の手を取っておっぱいさわらせてたかも――。
 うぉ、こわすぎる! むりむりむり、思春期に権利と主張を与えるのは自殺行為ってやつなのです。
 やっぱり、どーして三十路のオンナは平然としていられるのだ。思春期を飼いならせているのかなぁ。……うーん。
「どーしたよ」
 彼はわたしの顔を覗きこんだ。
「そろそろ帰ろっか」
「おう」
 抱きしめられていた彼の身体からすり抜けて、また彼の手首を引っぱった。公園の出入り口に向かって指を差した。
「行こ」
 なだらかな階段を一歩づつのぼっていく。これがいわゆる、大人の階段のぼるってやつなのだろうか。いって、すんげくアーハズカシィ。我ながら御《ぎょ》し難い、なんて普段使わないような科白を独白して、盛大にふいてしまった。
 彼はわたしに追いついて、肩を並べて歩きだした。もう既に手首からてのひらを重ねてしっかりと握っている。彼は口をひらいた。そしてわたしもだ。
 なにふいてんだよー。あのね、そろそろこのパターンも飽きてきたなって。意味わからんし。ごめん! それは本当に謝る、ごめんなさい。いいよ別に……。あー怒ってる? 怒ってねぇーよ。
 あたりはいっそう暗くなっていた。商店街から抜けた先の道は、街路樹におおわれている。街灯が点々と画一に照らしているのがわかって、こんなにまじまじと眺めて気にしたのもはじめてだなぁー、とおもったのだ。
 なんとなく無言がつづいて、そしてなんとなく彼と目があって、なんとなく逸らして、息があったように夜空を見上げていた。
 星はものすごく遠く一等星が幽かにみえるぐらい、その夜空にぼんやりした満月が低い位置に居た。その姿はびっくりするぐらいになげやりだったのだ。
「あのねー」
「ん?」
 あの野郎がねー、と云いかけて口を噤んだ。そうだ、思春期のあんにゃろーの話をしても、彼には一〇〇%伝わらない。むしろ、あの野郎といってしまえば、彼が心配するかもしれないのだ。一応、女の子のていにしてみたのだった。
「友達の娘《こ》に、嫌いじゃないけどすんげく酷いことするのがいてねー、わたしをげしげしと陥れようするのさー」
「それで?」
「でねでねでね、あんにゃろーは烈しく恥かしいことを強要する癖に、自分は正当な権利を主張するわけさー。あんまりにもムカつくから、わたしの失敗も都合のわるいことも全部あんにゃろーのせいにしてやって、自尊心と羞恥心を防衛するのだよー」
「たまーにお前は難しいこと言いだすから、びびる。でも、仲いいんじゃねーの? お前もあんま怒ってるようにもみえないし」
「そう?」
「怒ってんの?」
「うーん、そんなに、かな。お互いさまでしょうか」
 そう云うと彼は、わたしの髪の毛をわしゃわしゃとかきまわすのだった。
 うん、全力で彼の脇腹に拳をたたき込みたい。ってゆうか、おっぱいと一緒のさわりかたですか、おい。
 オモイ返シテ、ジュンワリトフクラミニヒロガルヨーナ文学的要素ハナイデスヨー。
「でも、まぁ、友達やめないまでも、いっぺんその娘と離れてみたらいいんじゃねーの。落ち着いたら仲良くすりゃーいいし、縁切るまでもねーじゃん。嫌いじゃないんだし」
「そ、そうっすか……。そんなこと出来るんでしょーか」
「知《し》んねーけど。距離置いてる間になんか色々あんじゃねーの」
「ええぇ! そんなこと出来るんですか! 縁って、切れるものなのですかー」
「ちょっと待てよ。縁切るまでもねぇっていったじゃん」
「ああ……。そうでしたね。いったん、離れてみるってこと考えもしなかったものですから。いやはや、想像ってものが、全然、全くといっていいほど」
「へぇ。それじゃー、お前、ソイツのこと、結構好きなんじゃないの? ほら、好きすぎて近くにいるからさーウゼェって感じるんだろ」
「うっ、それは衝撃的ですよー。なんっすか、そのハリケーンパンチみたいな破壊力は!」
 やややや、正直その発想はなかったのだ。この対、思春期に於ける前衛的なアプローチはいったいぜんたい、わたしにどーゆーヒントを与えてくれるのだろうか。
「だからさぁー。まーお互い落ち着くまで距離おいてさー、それから仲良くなりゃーいいんだよ。お前も大人になるっていうか、大人の対応が出来るようになればさ、その娘とまた楽しくできるって」
 うーん……うーん……。なんでしょうか、もんのすげく彼が答えのようなものを云ってくれている気がするんですけど。ドラえもんでいう、しずかちゃんのオールマイティ牌が入って即どんじゃら! みたいな。この本人、理解できてないのにあがっちゃってる感覚は……。すっげく理不尽なのだよ!
 しかも彼は思春期ってことわかってないのですよ。わたしは思春期のことを知っててわからない、彼は思春期のことを知らないのに、わかってるような素振りをみせる。うごー、複雑すぎるのだ。
 あのね、もう怪奇現象なのだ。これは京極堂大先生のご登場なのだ。あの作家菊池秀行先生も、まさかの展開に失笑するのだ!
「穿《うが》った文学少女をなめるなよー。実際に三つ編にしてハイセンスな黒縁眼鏡かけて、図書館に篭ってやる」
「おーい、いきなりお前なにいってんだよ。目がこえーよ、マジで」
 微かに彼の声が聞こえた。
「あぁ?」
 振り向いて彼をみた。彼は絶句していた。これは、さすがの文学少女のわたしでも表現しきれない、なんとも云えない彼の表情だった。たぶん、みた、っていうレヴェルではなく、すんげく彼を見据えていたのだろう……。
 ただ、できうる限りを尽くして分析にあたってみれば、そう彼は泣きそうなのだった。
「ごめん……なさい、っていうとおもったか、この馬鹿者ぉ! なにげにオトコ振《ぶ》って上から目線しやがってからに。わたしだってオンナなのだ。三十路も驚嘆するオンナっぷりなのだー。どーして三十路のオンナは思春期ってやつを飼い殺しにしているのかはわかんないけど、この歳でわたしはオンナなのだよー。わたしは、わたしは――」
 息切れした。酸素が足りないっす。
「ええい、この先わたしは由緒正しき三十路のオンナになってやるのだー」
 オーオーテンションマックスデスヨー。
 幽体離脱して背後霊のばーちゃんに決意の握手を求めてしまいそうですよー。
 そうだ。ばーちゃんなら喜んで握手に応じてくれるに違いないのだ。嗚呼、彼だって。
 彼はわたしの暴発に付き合ってくれてるみたいで、ぶんぶんって感じで首がもげるんじゃないかなー、ってなぐあいに首を縦に振りつづけていたのだった。
「握手」
「はいぃ?」
 いやーすごい。彼の表情がすんごいのです。浮気がばれて土下座したあげく、絨毯のうえを三六〇度転《ころ》げ回ったような、反省だけの、この面持ち。つんでれの幼妻(わたしの勝手な思い込みで)をもつ体育教師のキャバクラ事件での表情なのだ。まーこれも、思い込みの産物でもあるのだった。
 そうして、わたしは彼の目の前に手を押しだした。彼は、といえば、なにやら藁をも掴む勢いで、わたしのてのひらを両手で包むようににぎりったのだった。その彼のてのひらから伝わるあたたかな感触がどうのこうの、っていうのはまーあるんだけど、それはいいじゃないですか。それよりも、わたしが彼に対してむちゃくちゃにしてしまったなぁー、なぁんて悪振っている自分が居て。その自分の恥かしそうにしているさまが、いやーわたしチャーミングですねーと自画自賛しているあたりが、救いようのないどっぷりオンナだとおもいました。
 反省はしたけどね、反省の色はないんです。なぜなら――。
 スキナンダヨー。ツンデレデレデレナノデスヨー。デレ、ガ多メナダケデ嘘ジャナイデスヨー。
「つんが、多いほうが正解だとかいうなってばさー」
「お嬢、なんもいってないっす!」
 もう彼は脅えきっているのだった。
「あっ、でも、お嬢は嬉しいかも」
「じゃあ、いまからそう呼ばせて頂きます」
「うん!」
 あーだめだ。めっちゃわたし喜んでいるのさー。うほっニヨニヨがとまんない。うん! とかいっちゃって、ばーかーだーねーわたし。これは、あんにゃろのせいにするのに、精一杯だった。
「じゃー帰りましょうか」
「おう」
 そういって包み込まれていた彼の手がすーっと離れた。そして間髪入れずにわたしの指の股に彼の肉厚の指が差し込まれた。しっかりと手が重なりあう、互いのてのひらの付け根がしっとりと密着するのだった。
 なんだこのエロさは! ちょっと彼の汗ばんだてのひらに不快感があったんだけど、それを寛容する気持ちが出来あがっていた。
 それもこれも、あんにゃろうに以下略するのだ。
 それから彼はわたしの家の前まで送ってくれて、彼は笑顔と恐怖心とをないまぜにして帰っていったのだ。実は彼の家は、公園よりわたしの家から反対方向だったらしく、なにもいわずに送ってくれていたのだった。
 わたしは関心して、彼をもっと好きになってもいーんじゃないかなー、とかおもったりして。しかしながら、どーしてこのオトコは、こんな扱いづらい文学少女を好きになってしまったのかなー、なんて不憫に感じてみたり不思議におもってもみたり。まぁ、彼もあんにゃろのせいでキスするわおっぱい揉むわで、お互い被害者ってことで、仲良くすればいーんじゃなかろーか、と。
 背後にいるだろうばーちゃんに、わたしにも彼氏ができたぜーめちゃめちゃドキドキするんだよー、と報告したのだった。
 自分の部屋に入って、今日の発端になった例の、オンナ三十路を越えてからが勝負でしょう、をひらいた。
 これにあんにゃろーの秘密が隠されている、とわたしは意気揚々だったのだ。三十路による思春期の飼い殺しかたが書いてあろう文庫本にあたって、期待と興奮の真っ只中だ。
 しかし……。
 気の無い男性を振り向かせるには目尻を細く伸ばして眼力で狩る、とかいわれてもさーっぱりわからなかった。
 なんだったら、SM入門編の教本みたいな内容に、唖然を通り越して呆然としてしまったのだった。
 うぅぅ、うぅぅ。今日はすんげく疲れたのだ。しょうがないので、期待はずれの教本をリヴィングのテーブルに置いて寝ることにした。明日、おかーさんに読ませてやろうとおもう。それからあんにゃろーのことを、おかーさんからききだすのも一つの手なのだ。
 早々《はやばや》と二一時前にベットへ潜りこむ。明日、彼が思春期に任せてしでかしたことの間違いに気づいて、取り消しを求めてくるかもしれない。やり直しはともかく取り消しは失礼極まりないのだ!
 明日に備えて、彼を言いくるめて、論破するべく、思案をはり巡らせるのだった。
  1. 2008/08/24(日) 21:59:27|
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