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こちらは、主に素直でクールな女性の小説を置いております。おもいっきし過疎ってます
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似非純文的羅ノ平

 ふとした瞬間がある。その腑に落ちない瞬間、私は、ある日記的掲示板にて、取り止めの付かない出来事に遭遇してしまう。以前小説に付いて、幾度のなく死闘を繰り広げた友人(現)の、日記的書き込みを読んでしまったのだ。その友人は西原達平《にしはらたっぺい》。書き込みの際は“たっぺー”と記している。私は山口毅《やまぐちたけし》。書き込みの際は“pool”と記している。
 過去、西原と私は純文とラノベに付いて口論していた。実際にはメールや掲示板等を介して、議論を繰り返していた訳だ。お互い純文とラノベについて余り知らなかった為いがみ合ってはいたが、作品を読み合うにつれ理解を示してきた。私もそうだ。そうして分かり合える事となった。……言っては見たものの、互いに素人の下手な横好きのようなモノで、実際問題。純文ラノベの概念概要を理解した訳でもなく、ただ方向性が解り――小説と文字列との最低限の境界線――を理解したつもりでいた。今は出来うる事を小説にぶつける事が、西原と私の共通認識になっただけだ。しかしながら、その事が重要だと考えていた。
 これから、その――日記的掲示板――書き込みをラノベとして仕上げるが、この――似非純文的羅ノ平《えせじゅんぶんてきらのべ》――本作品はライトノベルである。異論等あると思う。しかし、ラノベの提議概念を説明する事は、申し訳ないが出来かねてしまう。何故なら膨大な尺《400字詰め原稿用紙》を要してしまうからだ。しかもテーマ性に沿わない事柄を長々と、内容よりも多く尺を取る事は、小説として間違っていると思うからだ。簡潔に述べると、自己が考査し再考を繰り返した結果。ライトノベルは作者の自己申告になると、答えておきたいと思う。
 結局長々と書き綴り、さして何の答えを見出せてはいないが、一応の小説として体を成したいが為、作者の悪あがきだと見逃して頂きたい。あらかたの説明、矛盾点のつじつま合わせをしておかないと、先ほど申した通り、小説として体を成さない為だ。
 ――と、偉そうに発言をしていたが、実際は別の真意があった。この作品は――ギャグ――ではあるが、以下、編集校正を掛けた内容が余りよろしくない為、構成的に冒頭の尺を取る事となった。性描写は無いモノの、性に付いて意見を交わしている為に、気分を害する読者の事を考えた末である。冒頭で憤慨する可能性を思うと、――ギャグ――では済まされない。私の構成を、甘んじて受け止めて頂きたいと、切に願う。



 ※以降、苦手な方はご遠慮下さい。



 0.たっぺー 日記の題名“※注意※とっても下ネタです”



 “†2006年07月18日 16:31 たっぺー
 今までの人生私は結構なAV《アダルト・ヴィデオ》を見てきた。数にして百は超えると思う。そして、最近洋物を収集した訳だ。
 サイズにして10G弱。
 その私の結論、それは――『日本のAVサイコー』です。
 海外のAVは、少なくとも私の見た十本近くのモノはケツ○○○クばかりでした。むしろ○の方が少なかった気がする。その上女優はうるさい、お前はどこの家畜かと言ってやりたい。日本の女優は良い、ちょっと恥じらう演技を忘れない。家畜のようにアンアン言うのはうっさくて敵わない。ケツフ○○○なんざあれです、例えば朝食におけるパン。毎朝米だから今日はパンにしよう、それ位のノリが良いんです。
「お前らせっかく○の○あるんだから使えよって、ケツばっか○ってると脱腸するぞ?」
 私はそう思う。無論毎朝パンを食べている人も居るだろう。――だが私は日本人である。
 朝は米を食べていきたい、これからも。”



 1.レス 受けてpoolよりたっぺー



 “†2006年07月18日 18:53 pool◆t0BCEF0uzI
 まだインディーズのモザイクに、あまり規制が入っていない頃。私は、それに出会った。当時二十の私は、過度の衝撃を受ける。後は簡単だ。転がるように自主規制映像に没頭した。ビデ倫など全く見なかった訳だ。視聴する必要はない。今もそうだ。やはり見ない。今ではザンネンな事だが、自主規制とメーカーは言ってはいるが、明らかに規制を受けている。その規制の中に置いてもビデ倫よりは、まだインディーズサイドの方が自由度はある。『私はモザイク云々を言っているのではない』。ビデ倫のような格好をつけた、女優がにっこりと笑う映像。痴漢電車と言いつつも、あからさまにスタジオにセットを組んだ映像などに、快感は得られない。皆無だ。ビデ倫にはリアリティが無い。生生しさが無い。即ちエッチだがエロくはないのだ。
 私が求めているのは「女性はウンコも小便もしない」といった似非、崇拝的映像――などクソッ喰らえ――だ。痴漢電車は実際に電車の中で行え。恋人の設定の場合、ゴムをつけるシーンと外すシーンをカットするな。生で挿入していると、イメージを視聴者に刷り込むな。恋人ならば、向かい合ってゴムをつける行為も重要になってくる。そこに会話がある。それら愛し合う二人の会話は、心の準備しかり、確認動作しかり、以降の展開しかり。のちの――ドラマがある。まどろっこしいが、ゴム脱着の瞬間。恋人で在るからして、あるべき姿が在るはずだ。過去遡ってみても、リアリティが永劫《えいごう》的に存在するはずである。如実に現れる言動を表現せずに、なにがインディーズだと……私は問いたい。
 理解して頂けたであろうか。私は眼鏡っ子が大好きだ。以上。”



 2.レス たっぺーよりpool



 “†2006年07月18日 19:15 たっぺー
 やはり長文レスすべきなのだろうけど、やっぱりめんどくさいから一言ですます。
 恋人としていてゴムを付けるシーン、それは確かに重要だ。あの、ああ早くしなきゃだったり、俺みたいに経験不足ボーイだと。あ、やべ、ちょっと待ってて、みたいな――焦らし――。それも、ある種小道具として必要だろう。だが一つ問題がある。
 例えば俺の場合だけれども、正直AVは抜く瞬間しか見ない。ぶっちゃけまともに見るのは正味十分そこらだろう。どこを見るか、例えば女優の衣装が透けてエロかったりとか、食い込みが辛抱堪らん所だったりとか、メガネに射精してる所だったりとか、騎乗位だったりとか。
 ちょっとわかりにくいかもしれないけど、わかって貰えるだろうか。大事な所はねpool、抜ける場面しか見ないユーザーも居るんだよ。俺は暇人だけれども、これが既婚者ユーザだったらどうだろう。深夜、妻の目を盗みながらの自慰行為。戦いは時間が勝負だ。そんな中で、果たしてコンドームを付けるシーンなぞ誰が見ようか。ぶっちゃけた話、感情移入してAVを見るというのはかなり高尚な、一つの貴族的趣味だと私は思う。
 私のようなプロレタリアートには、それよりも――瞬発力――を求めてしまうのだ。食い込みを、騎乗位を、透け具合を。poolの求めるモノは恐らく少数派なのではないだろうか? 何故ならば、コンドームを付けるシーンを再現していないAVの方が多数派を占めているのだから。ちょっと長くなっちゃったけど、言いたい事はね、pool。
 着衣騎乗位が大好きです、やった事ないけど。(笑)”



 3レス poolよりたっぺー



 “†2006年07月18日 20:45 pool◆t0BCEF0uzI
 眼鏡に掛けるのは好きだ。よく分かる上に私の眼鏡を彼女に掛けて、さらに精子を掛けた事もある。荒みきったハイファンタジー観に置いて、もはや定石だと言っていい程だ。心にガンダリウム合金を持つたっぺーの気持ちは、痛いほどよく分かる。理解しているつもりだ。このまま知らぬ存ぜぬを通し、レスを返さないつもりであったが、あえて返そう。三杯酢を――あえて――旨そうに出来上がったエーゲ《カスピ》海ヨーグルトを――返そう――ではないか。
 しかし、私は勢い余って一挙手一投石。無記名と書いて投票箱に用紙を放り込もう。インディーズならば、少数派の意見を映像化してみせろ。それがインディーズの根源ではないのか? 抜ける映像など、メジャーレーベルに任せておけばいい。切に思う。ゲルマン民族の風上にもおけないと、罵られてもいい。昂然《こうぜん》と受けて立つ所存だ。私にだってゲルマンの血は流れている。現在の怒りで、沸騰寸前だ。沸騰石は持ち合わせていない。以上の事柄――ゲルマン――を踏まえて――和《あ》えて――発言する。この発言は公式発表だ。心して頂きたい。
 こんな事があった。恥かしながら私の経験談だ。ある一室での出来事だが、その真意はテーマに沿っていると思われる。
 この垂れ流しの情報社会、AV業界トップクラス――インデーズ、メジャーの垣根を越えたSOD率いる近代社会において、少数派は怪訝される。差別を受けているといっても、過言ではない。その下層の人種たちは、あの時こう漏らしていた。「幾らでもお金はある。俺たちの見たい映像を作ってくれ」と。私は切実なる願いという熱望を聞いた。正直……感化した賛美した、その後硬化した。愛撫した発射した。膣内だと思ったら口内だった。少し物憂いしい滑稽な私に、トキメキがメモリアルだった。私はメモリアルに打ちひして、その女性の腹部に顔を埋め、号泣しながら喚き散らした。ぷっくりしたお腹に、笑窪のようにする――おへそが私の凍りついた想いを溶かしてくれた。熱い涙が絹のような肌を、つつつう……と滑り落ちて、笑窪に溜まった。それに魅せられて、大人の都合で振り回される子供の、死臭がする――でろでろの心が伝わってきた。いたたまれなくなって、女性の太ももを掴んだ。渾身のゲルマンソウルを込めて掴んだ。女性は「痛いよ、たっぺー」と言った。「あっゴメン」と言って力を緩めた。リビドーが木霊して、ふと我に返ると、勘違いに気付いてしまった。差別と区別を間違えた。それ――差別と区別――すらも違った。リビドーとジェラシーを間違えたのだ。口惜しい……女性の零した言葉は私ではなく、たっぺーだった。強い怨恨に苛《さいな》まれ、私はあるカフェテラスへと向かった。女性に――売女――がと吐き捨てる。世間体的に評判はいい女だった。私もそう思う、いい女だ。だが、たっぺーに心奪われた女など憎悪の対象でしかない。紀元前から行われてきた性が絡む、人類生存伴う本能的性交は、ニュータイプによるシンボリックな存在――たっぺー――によって、半ば強引に打ち砕かれたのだ。「我思ふ。ジェラシーの概念は、たっぺーには通じないのか……」と。
 カフェテラスにて、私はトルコ産ジェラートをほうばった。お金なら幾らでも出すから、少数派の欲望を満たす映像を作ってくれと。メジャーでは出来ないインディーズの強みを魅せてくれと。少数派のぽっかりと空いた性――活力を満たしてくれと。 そう想いながら、本場冷麺のコンドームのような麺に似たアイスクリームを、もふもふとほうばった。たっぺーと私、思うところは一つか。今後のAV業界の動向を見守る事しか出来ないのか? 出来うる事があれば視聴者の意見を汲んで、潤滑に進めて頂きたい。
 その後私は、ジェラシーならぬジェラートならぬチェルシーを口に入れた。そうして脳内には、CMの外国ロリータが投影された。下半身が硬化した。米もいいが、たまにはマフィンもいいね。そう思ってしまった。いかんともしがたく、たっぺーと共感して涙が噴き出た。苛立ちを感じ、不条理を、自己を、責め立て溢れ出す涙は止まらなかった。そしてロマンティックは止まった。 おわり。”
 了。

  1. 2006/09/03(日) 23:57:24|
  2. 短編作品|
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