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こちらは、主に素直でクールな女性の小説を置いております。おもいっきし過疎ってます
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夏に降る雪

 1.
 早朝から雨が降っていた。しとしと……まるで涙のように降りそそぐ雨。昼にはやんでいた。一日中、ぼんやりとした空模様だった。
 僕は無機質なパイプベッドに軽く腰を乗せて、君の頬をなでた。君の瞑る目から、つつう――と雫がこぼれていく。目じりをつたってぽとりと。君の頭が深くしずむ枕に、表面に浮かぶ涙がじわりと、滲むように浸透していった。
「好きだよ」
 僕がそう言うと、小刻みに震える唇で君は答えた。聞き取れないほどの、かすかな吐息に似た君の声。僕は耳を君の口元にそわせた。
「……わたし、も。よ」
 心地よいくすぐったさ。君の額にキスをして、部屋を後にした。
 君は息を鎮め深く眠る。窓にかかるカーテンの隙間から街灯の光がこぼれる。ぼやけるよに、君はひかりに包まれた。ひっそりとしている室内は薄暗く、カーテンを透かし、君が眠るベッドを照らしつづけた。
 現れない月夜の晩――そして明日が来る。



 2.
「祐希、元気か?」
「まあまあ、かな?」
 顔色は悪かったけれど、にっこりと笑みを浮かべる祐希。僕は近くにあった椅子に座ろうと、背もたれを前にして腰掛ける。僕は「笑顔が出るんだったら、元気な証拠だよ」と付け加えた。
 ここは病院の一室。窓からは爽やかな風が入り込み、カーテンを揺らす。そよかぜが室内で遊ぶ。その風を感じながら、目の前でベッドに横たわる祐希をみつめた。外では、木に留まるセミが羽根を擦り合わせて季節を知らせる。ほのあたたかい室内、夏の到来だった。
「りんご食うか?」
「あ……うん」
 祐希《ゆうき》は幼馴染。小学校からの付き合いだ。いつも僕は、中学の帰りに祐希の居る病院による。僕は祐希の病気がどんな病気なのか知らなかった。ただ手術をしないと治らない、とだけ祐希から聞いていた。早く手術をしないといけないそうだけど、なぜか祐希は手術に踏み切れないでいた。だからこうやって、学校の帰りに祐希に会いに来ていた――手術を受けさせるために。
 机にあるバスケットの中から、りんごとナイフを取った。そうしてしゅるしゅると皮をむく。あいかわらず僕はりんごをむくのがヘタだった。「切り終ったら食わせてやるから」そう言って、僕はりんごをむく。
 ただ、りんごだけじゃなく、なにをしても僕はヘタだった。その上どんくさい。一番のどんくささは、祐希に告白出来ないでいることだった。りんごをむきながら祐希を眺めた。
 長い黒髪を一つに束ね、横に流していた。病気のためにほっそりとした面持ち、肌色は白くて頬はうっすらと桃色。眼は、くりっとまあるく可愛らしい。知らず知らず、りんごをむく手をとめて、ぼんやりと祐希を見つめていた。風はゆるくなった。
「どうしたの? 私の顔になにか付いてる」
 見つめられた祐希は、不思議そうに僕に聞く。はっと僕は気が付いて、下を向きながらりんごをむいた。顔の温度が上昇していた。
「付いてないよ。ただみとれていただけ……かな」
 祐希は恥かしそうに、ぷいと顔を窓にやり外を眺める。そうしてぼそりと、「いつも、ありがとう」とこぼしていた。ありがとうの言葉に、僕はりんごのことを言っているのか毎日会いに来きていることだろうか、それが分からないでいた。たぶん両方だと思うけれど、僕には自信が持てなかった。不器用ながらも、りんごはそれらしくむけていく。カーテンはゆらゆらと揺れていた。
「そっちに行っていい?」
「うん、いいよ」
 椅子のかかとを引きずって、僕はベッド前に座る。なんとか食べれるようになったりんごを、祐希の口元へ持っていく。みずけが、たっぷりのりんごだった。
「あーんて、してみて」
「やだよぅ」
 すっと祐希の手がりんごに伸びる。りんごを奪い取るつもりだった。「自分一人で食べれるよ」と祐希は言うけど、僕は「だめ」そう言いながら祐希の魔の手を回避する。「ほら、あーん」祐希へ、口を開けるように笑顔で伝えた。困ったようすの祐希は、とても可愛らしい。僕はドキドキが止まらない。
「あーん……」しゃくり。
 祐希の口に挟まれたりんごは、いい音がした。もぐもぐと美味しそうに食べた。一口食べた祐希は僕と目を合わし、目じりを垂らし苦笑した。そうして、ほほえみかける。
「恥かしいなぁ……でも、おいしいよ」
 もじもじと、指で遊ぶ祐希。照れていたが、一欠《ひとか》けら全て食べ終えると、満面の笑みに変わっていた。僕は愛おしくなる。あることを思いついた時には、すでに行動をしていた。
「もう祐希ぃ。口のまわり、べたべただぞ」みずみずしいりんごを食べた祐希の口まわりは、果汁でいっぱいだった。「拭くよ」そう言って僕は、半ば確信的に祐希の口まわりに唇をはわせ、強引に塞いだ。
「んん……」
 初めは抵抗していたけれど、すぐに祐希の身体は虚脱した。ゆらりと祐希の手が浮き上がり、僕の首筋に沿ってまかれる。しっとりとした細い腕に僕は包まれていた。
 残りのりんごは床に落ちて、音を立てて転がっていく。どこかに当たり――止った。そよかぜは、かわらず窓から室内へとそそぎ込んでいた。個室の病室はすごく静かだった。病院特有の消毒液の香りが、辺りに充満していた。
「急に……ひどいよ」
 重ねた唇が静かに離れると、祐希は両手で顔を覆い隠した。――僕は引き込まれるように、祐希に惹かれた。同時に罪悪感が込み上げてきた。あの時、恥かしそうにしてコロコロと表情を変える祐希に、愛おしさと苦しさが僕を襲った。我慢できずに確信を持って唇を奪った。
 その、やわらかな唇を重ねた瞬間、離れたくないと心底思った。“君と居たい”。そのことだけが頭を駆け巡った。自然と祐希に向かって、話しかけていた。
「ごめん、祐希。なあ、手術受けてくれよ……君と一緒に居たい」
 上下に動いていた祐希の全身が、一瞬固まる。覆い隠していた手を外し、赤く腫れた眼で僕を睨みつける。その真紅に染まった眼の奥に、祐希の哀願と苛立ちを感じた。
「こんな時にひどいよ、ばかぁ」
 窓に向かって身体を倒し、祐希は背を向けた。そのまま顔を枕に埋めた。枕の隙間から溢れ出す祐希の声が、室内に響いた。声が枕に吸い込まれ、フィルターがかったような声だった。
「怖いの。わたし……顔に、ある病気があるの。手術したら、もう今のままで居られないの」
「でも、手術しないと治らないんだろっ。このまま、しないままでいたら……祐希、どうなるんだよ」
 祐希は枕に塞ぎ込んでいた顔を傾けて、僕に向かって苦笑する。
「死んじゃうんだって、でも。でも、手術したら退院で……きる、の」
 聞き取れないほどの小声で「傷痕が残る顔、見られたくないよ」と、ぼそぼそとつづけた。
 祐希の身体は小刻みに震えていた。手術によって顔に残る痕と、手術そのものも失敗に――祐希は怯えていた。するとタイミングを見計らったように、携帯電話が鳴り出した。同じように祐希にも、なにかの――きっかけとタイミング――を必要としていた。


 ☆


「おう、今病院。今日も無理だわ。おう、そうそう。そんなこんなで明日学校で……よろしくー」
 僕は病院の外へ出て、その辺のブロックに腰掛けて、友人に電話をかけた。哀しそうな面持ちで祐希が、「友達待たしちゃ悪いよ」と言うので表に出た。気付けばメールも、十件ほど届いていた。慌ててメールを送り返す。何度もボタンをパチパチと押していると、なんだかバカらしくなってきた。
「なんで祐希が大変な時に、僕はこんな事してるんだろう」と、日常を優先する僕に腹が立った。祐希の方が大事なのに……今が大事なはずなのに――明日を考えている自分に、さらに腹が立った。
 携帯のメール製作画面をかき消すように、液晶は着信画面に切り替わる。母親からの着信だった。僕は仕方なく、通話ボタンを強く押しつけた。たぶん塾のことだろう。勉強勉強と――放っておいて欲しい。
「はい、かあさん」
「今日の晩ご飯どうするの? 塾に間に合うの?」
「今、病院に居るんだ。そのまま塾に行くよ」
「あらそうなの? じゃあ、塾に遅れないように行きなさいね」
 そのあと、ごちゃごちゃと心配している素振りを声で表していたけれど、話半分に聞いていた。僕にとって、あまり重要ではなかった。無駄にうるさいだけだった。液晶画面は、またメール製作画面に戻っていた。早くメールを返せと、催促されている気になる。日常が僕を焦らせて、追いやっていた。
 僕は日常の代表選手みたいな携帯に、「うるさいよ!」と罵声を浴びせ電源を切った。これで僕の邪魔は誰にもさせない。放り投げてやろうかと思ったけれど、それはやめた。祐希が退院して、かけてくるかも知れないから……
 僕は祐希を手術させようと心に誓った。だから、今日はずっと一緒に居ようを思った。塾なんかに僕は行かない。それよりも祐希――祐希との明日を迎えることだった。ただ……面会時間があるために、いつまでも病室に居られないと思い、ある程度時間がすぎるまで、トイレにこもることにした。僕は、祐希が居る階数のトイレへ足早に向かった。


 ☆


「祐希……祐希――」
 陽もかげり、夜が訪れていた。僕はトイレから忍び足で廊下を歩き、祐希の居る個室に入った。窓は閉められていて、音なのか振動なのか、判断がつかないクーラーの動作音が部屋中に木霊していた。祐希はグッスリと眠っていた。ひんやりと、冷房は効いていた。
「祐希、祐希ったら――」
 僕は静かに椅子を手に取って、ベッドの前に置いて座り込む。すうっと鎮まり、胸をゆっくり上げ下げする祐希をそうっと眺める。祐希は目を瞑り、枕に頭を沈めて、可愛らしい寝息を立てていた。愛しい……祐希の額に手をやり、人差し指でぱらぱらと、前髪を脇へよけた。
「んっ」
 額があらわになる祐希は、眉間にしわをよせて、首を振りいやいやをする。その仕草があまりにも僕の心を打って、抱きしめたくなる。室内へ入り込む街灯の明かりが少し眩しくて、窓へ向かって視線をやる。窓は反射して僕を映し出す。にやけた僕がそこにいた。
 そのいやらしい笑顔が恥かしく思えたけれど、同時に祐希への、想いの大きさを知った。なんともいえない感情が僕を襲い、誰も見ていないのに、照れを隠すように、祐希の額をツンとつついた。
「んん……」
 祐希は腕でまぶたをこすり、目を覚ました。「誰?」と呟いた。
「僕だよ……」
「どうしてこんな時間に居るの?」
 キョトンとして、祐希は目をまあるくした。僕は「トイレで隠れていた」そういって、悪戯っぽく笑みを浮かべた。つづけて「祐希の寝顔……よだれが出てて可愛いかったよ」と、耳元で囁いた。
 ぽっ――と、祐希は沸騰したやかんのように顔を赤らめる。「もう」と、頬は大きくふくらむ。
「初めて寝顔見たからさ、ちょっと楽しかったよ。よだれは……嘘だけど」
「いつも目覚ましを三時半にかけて、準備して待っているんだよ。それなのに、面会時間すぎてから来るなんて、ばか」
「そうだったんだ。知らなかったな……そういえばいつも、祐希起きてたね」
 そういうと、祐希はにっこりとほほえむ。
「でしょう。ふふふ、だあってね、ぶさいくな寝顔なんて見られたくない。でも、一番見られたくない人に見られた……な」
 哀しそうに祐希は肩を落とした。そうして僕と祐希、無言のまま――間延びする時間。僕は声をかけられないまま、窓に向かう。
「ねえ、親には怒られないの?」と祐希は、この時間に現れた僕を想って質問をした。
「さあね、分かんない。塾に行ってないから家に電話がかかって来てるだろうし、親は親で、連れに電話してると思うし」
「大丈夫なの? 今、病院にいることがバレたら、ここに来られないかも知れないじゃない」
 窓に手をかけて、僕は祐希の言葉を聞いていた。夕方、揺れ遊んでいたカーテンも、今は沈黙していた。
 打ちつける祐希の言葉。塾をさぼってここに居る僕に対して、祐希の言葉に苛立ちを覚えた。窓にかけていた手を硬く握る。べったりと手垢の痕が付着していた。僕は震える唇を抑えて空気を揺らす、窓に息がかかった。
「だったら手術しろよ……祐希。そしたら僕は、病院に来なくてもいい。毎日教室に迎えに行けるんだ」
 拳を窓にぶつけた。ドン――鈍い衝撃――尖った甲の関節から、だらりと濁った血が流れ出す。潰れたように、ピンク色の断面が出来ていた。徐々に血が滲み、甲が汚れる。それが目に入ると、言葉にならない後悔と罪悪感が押しよせてきた。
「ごめん、祐希のことなのに」
「いいの、本当のことだから」
 ふいに溢れ出す涙。雪のような、目に見えない結晶まじり涙が降りだした。しとしと、僕の涙は床に叩きつけられ、クラウンのように弾けていた。
 僕のすすり泣く声が静かな室内にひろがる。泣きたくなんか、なかった。けれど、涙は止まらなかった。どしゃ降りの雨の中に居るような視界、歪みきった世界が一面に広がる。窓に反射して映り出した祐希は、僕の後ろ姿を見つめていた。顔の色合いは分からない。けれど、祐希も涙を流していた。
 すると、祐希が急に身体を乗り出した。布団に手を突いて僕ごしに窓の外を見た。大口を開けて驚きをあらわにする。
「祐希、どうしたの?」
 振り向いて祐希と視線が合う。窓の外を大きく揺れる指で差しながら、ぱくぱくと唇を動かした。
「外……外をみてよ!」
 僕は、また振り向いた。……す、すごい。凄い。「すごい!」僕は叫んだ。目の前に起きたことが信じられなかった。
 雪――雪が降った。夏の目前に――大粒の雪が――凄い剣幕で降る。アスファルトを打ちつけ、自転車置き場のトタンの屋根は、聞いたことがない衝撃音。車の屋根も、なにもかも――穴が開くんじゃないかと思うほど、雪が降り注いでいた。
 思わず僕は祐希を呼ぶ。二人並んで窓の外を眺める。スコールのような雪が全てを叩きつけ、病院全体が揺れる。
「すごいな」「うん……」僕は声を高め、祐希は頷いた。そのあまりの凄さに、祐希は僕に問いかける。「これって、本当に雪なのかな?」と。僕は雪を取ろうと、窓を開ける。ガチャリと。――室内の冷気が一気に外へ逃げ出す。外の暖かさによって風が吸い込まれ、僕たちの髪が暴れた。
「きゃっあ」
 祐希には言いすぎだけど、アフロになったような姿をみて僕は吹き出した。「ぶぁははは」。その僕の姿をみた祐希はそっぽ向く。僕は窓辺に跳ね返る雪を取って、手のひらに乗せた。
「祐希、これ雪じゃないよ」祐希を振り向かせていた。「……雪じゃないの?」驚く祐希の面持ちだった。
 僕の手のひらの乗った雪は、暖かく固く、そしてなかなか溶けなかった。透明感のあるアイボリーの雪――いや、雹だった。
「これ、雹だよ、ひょう」
「ひょう、なの」
 その雹を手に取り、祐希は握り締めた。「本当だ、雹だ……雹なのに、あたたかい」祐希は胸の前で、その雹を握りつづけた。
 潤んだ眼、高揚した頬、ピンクとブラウンのチェックのパジャマ。祐希には大きいパジャマの襟が広がり、白い肌が見え隠れしていた。その姿が目の前にひろがると、鼓動が止まらず、抱きしめたくて仕方がなかった。どっくどっく……止まらない鼓動。口が勝手に喋っていた。
「祐希。むちゃくちゃ言うけど、夏に雪が降ったんだ。絶対手術も上手くいく。顔の傷だって残らないよ」
 僕は軽く鼻頭をかいた。祐希はボサボサになった髪を手ぐしで整えながら、やわらかい髪を耳にかけた。
「あははは、本当にむちゃくちゃだね。……でも、信じてみようかな」
 そうして笑った。――我慢できず、力強く祐希を抱きしめていた。
「絶対成功するから、大丈夫だから!」
 すっと祐希のあごが、僕の肩に乗る。あたたかい吐息は僕の耳をかすめる。やわらかい祐希、僕と共に鼓動が速くなる。激しく上下する肩。僕はもう離れたくなかった。
 雹はいつまでも降り注ぐ。窓から入り込んできた雹は、カランカランと音を立てて跳ねる。僕の耳元で、やわらかく、たかく、細い音が聞こえた。「うん。うん。……傷残っても、離れないでいてね」祐希の気持ちだった。
 ボトボトと熱い涙が、僕の肩にこぼれていた。僕の肩も耳も首筋も、祐希の肩も耳も首筋も――涙でぐじゃぐじゃだった。雪と思っていた降りつづく雹は、少しづつ弱まっていった。

  1. 2006/09/08(金) 18:13:39|
  2. 短編作品|
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