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こちらは、主に素直でクールな女性の小説を置いております。おもいっきし過疎ってます
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細い眼

 朝、寝間着から私服に着替えて部屋を出た。階段を駆け下りてキッチンに行くと、誰も居なかった。いつもなら母親が朝食の準備をしているところなのに、今日は閑散としていた。母親は寝坊したみたいだ。
「オカン――」
 キッチンにオカンの声が鳴り響いた。
 仕方なく食パンをトースターに突っ込んで、冷蔵庫から牛乳とマーガリンを取り出した。香ばしく水飴色に焦げたトーストが出来上がった。一人黙々と食べ終えて、食器はそのまま放り出し、家を飛び出した。
 玄関の靴箱の上に、いつもなら弁当が置いてあるのに、案の定今日は無い。昼食は学食だなー、と少し憂鬱になりながら、近くの駅まで走る。大学までの道のりは電車で一本。七月の終わりに差し掛かろうとしている、高校生は試験休みのまま夏休みに突入していた。俺ら大学生は、しっかりと七月末日まで講義が入っていた。
 駅までの並木道を駆ける。夏休みに入った学生が居ない分だけ人気が少ない。木々の合間から縫うように入り込む陽のひかりは、海面に当たった斜陽が屈折して、揺らいでいるように穏やかだ。鳥達が飛び交っている中、まるで海鳥《ペンギン》と遊んでいるように、並木道を駆け抜けた。
 颯爽と駆ける、前方から駅が見えてきた。
 ゲートを越えて、階段を駆け上がる。ホームに着くと、発車の合図が響き渡った。急いで電車に駆け込んだ。ラッシュ時を少し過ぎた車内は、飛び込むようにして乗車した俺を冷たく迎えてくれた。ちくちくと刺さる乗客の視線は痛かった。すると少し離れたところから、俺を呼ぶ声がした。
「何やってんだよ、バーカ。間瀬《ませ》こっちこいよ」
 ドアを一つ越えた場所の、普通電車によくある縦に備え付けられた椅子に座っている友人がいた。キュートなショートボブにまあるい輪郭、大きすぎる黒縁眼鏡を掛けた女の友達。まあ、悪友だ。
「うっせーよ! デカイ声で名前を呼ぶな、恥かしいだろ」
「お前の方が恥かしいよ」
 息を切らせて駆け込んできたお前の方が恥かしいと、織部《おりべ》は呆れた面持ちを浮かべた。
 そそくさと織部の居る場所に向かう。近くに着くと織部が眠たそうに目を細めて、ぶっきらぼうに椅子を叩いた。隣に座れと合図した。織部は角の椅子に陣取っていて、手摺りに頭を傾けている。
 ホワイトで前開きの七部袖カッターに、やわらかくプリィーツが入ったブラックのロングスカート。織部は気だるそうに胸元で腕を組み、足を組んでいた。イエローからレッドへグラデーションしている麻のトートバックをお腹に挟み、組んだ脚でぷらぷらと浮いている厚底のスニーカーは、上下に遊んでいた。
 織部はあくびをしながら呟いた。
「昨日DVD見てて、あんま寝てないんだわ。着いたら起こせよ」
「いいけど、どうせ講義でも寝るんだろ?」
 織部はすーっと頭を俺に流した。寝不足の細い目を、さらに細くしてニヤケた。
「ここでも寝るの。間瀬、わかってねーな」
「わーったよ。さっさと寝とけ」
 俺がそういうと、織部は俺の頭に軽くパンチを入れて、体勢を戻した。また頭を手摺りに傾けて、寝息を立て始めた。
 コイツ、ほんとにグッスリ寝てるよ。気持ち良さそうに寝ている姿を眺めていると、織部の組んだ足でスカートが翻っていた。気になったので直してやる。不意に目に入ったバックの中身は、弁当しか入っていなかった。
 コイツ、勉強する気ねー。あっ俺も勉強する気ねーか。俺の鞄の中には、織部に返す単行本しか入っていなかった。人のことをいえない俺は苦笑した。
 織部の最寄の駅は、俺んところの駅から二、三離れた場所だ。
 現在快速電車は、快調に速度を速めている。
 俺も少しばかり眠っていると、目的の駅名がアナウンスされた。
 織部の肩を叩いて起こしてやるが、これがなかなか起きない。バンバン肩を叩いていたら、発車のベルが鳴り出した。仕方なく織部の手を取って、急いで車内を飛び出した。
「あっぶねー」ギリギリ脱出した俺と織部は、ホームで一呼吸置いていた。
「ん……着いた?」
 織部は、頭にひよこが回っているように寝呆けていた。眼鏡を外し、ゴシゴシと目をこすっている。
 俺の肩までぐらいの身長の織部は、まだ気が付いていないのか、辺りをキョロキョロと見渡している。何か無性に頭にきて、織部の頭を叩《はた》いた。
「着いたよアホ。行くぞ」
「イテテテ――」
 頭を抱えて蹲っている織部。そんなに痛かったのか? 微妙に気にしながらも、遅刻するぞ、と急かした。
「ちょっと待てよ、間瀬ぇ」
 ホームの階段を降りていると、織部が追いついた。隣に並び、歩きながら腕をぐるぐると回す。
「何だよ?」
「何かさぁ、すっげーアチコチが痛いんだけど、肩とか腕とか。間瀬、何かした?」
「全然起きないから、おもっきり殴ってやった」
「間瀬ぇ……ちったー手加減しろよ。ジンジンしてんじゃんか」
「そんぐらいしないと起きねーし、間に合ったんだから問題ないっしょ」
 俺は自信を持って言い放つと、織部は少し考えて、目を細めた。
「まっ、確かにそうだわな。よし、間瀬、いくよー」
「てきとうだなぁ、――っておい、アホ、ちょっと待てよ」
 織部は、俺をほっぽりだして階段を駆け降りる。急いで後を追った。
 大学までの短い通学路を二人で歩いていた。両脇の歩道に街灯が並んでいる。ぽつぽつと学生が大学に向かって歩いていた。その通りにラーメン屋の屋台が放置してある。昼になるとラーメン屋のおっちゃんがやってきて、夕方から営業開始だ。この大学に入ってから、ずっと気になることがあった。
「なあなあ、よくパクられなよなぁ、あの屋台」
「んあ、ラーメン屋?」
「そうそう、あんな所に置きっ放しでパクられないなって」
 何故か織部は、さめた目で一瞥。当たり前のように理由を説明した。
「だってあのラーメン旨いもん。パクったら食えなくなるじゃん、だから誰もパクらないよ」
「ええ、そんだけ?」
「他に理由あるか? 俺だったらパクらないなー、間瀬だってそうだろ?」
 織部は、地味に真理をついた。物事ってそんな風に簡単じゃないと思うが、コイツは簡単に片付けてしまう。
 ――それでもコイツは、問題なく済んでいるところをみると、コイツの人間性なのか、コイツのいう通り簡単なものなのか、不思議に思うことがある――
 そういえばラーメンで思い出した、食べ物つながりで弁当がない代わりに、鞄の中に織部に返す単行本が入っていた。忘れないうちに先に返しておこう、と鞄の中から単行本を取り出し、織部に渡した。
「これ、ありがと。結構面白かったわ」
「だろー、間瀬なら解ってくれると思ってたんだよ。趣味合うし、他のヤツに貸したら不評なんだよなー」
 織部はニンマリと笑って、俺の背中をバンバンと叩く。よほど趣味が合ったのが嬉しいのか、笑顔を浮かべて単行本をバッグにしまう。俺の鞄の中が空っぽになった。
 すると、織部は俺の鞄の中を覗き込んだ。
「あれ? 間瀬、今日弁当どうした、弁当」
「今日は無し、オカン寝てた。今日は学食になりそう」
「ふーん、まっ何でもいいけどラーメンだけは食うなよ」
「何で?」
「決まってるだろ、不味いから。それだけじゃねーけど」
「さいですかー」
 ラーメン話で盛り上がっていると、大学の正門に着いた。織部は学科が違うため、ここで別れる。
 キャンパスに植え込まれた木々は、夏のそよかぜになびいていた。波のように揺れる木の葉は、太陽光を遮って、水面に映し出された星々のように煌めいていた。


 ☆


 予定通り学食に来た。朝鳴きじゃくっていた蝉は静寂し、真っ昼間のキャンパスは天辺《てっぺん》から太陽が照りつける。学食内は学生で溢れ返っていた。何も入っていない鞄をテーブルに放り投げて、席を確保する。そうして、カレーうどんとライス大を学食のおばちゃんに注文した。それらをトレイに載せて席に戻ろうと振り向いたら、俺の席に見慣れたショートボブの女性が居た。
「あれ? 弁当持ってきてなかったっけ」
 後ろから声を掛けると、びっくりしたように振り向いた。炒飯《チャーハン》をほうばって、スプーンをくわえている。織部は何か話そうとして、もごもごと唇が動いた。波形のように波打つ唇は、スプーンの柄を自在に暴れさせた。
「ヴァヴァベッヴァヴァラ、ブッヴァ」
 織部は米を口に残して、スプーンをくわえたまま喋ったもんだから、何をいっているのわからない。織部の口にぶっささっているスプーンを引っこ抜いた。俺は、そのスプーンで織部の炒飯をパクる。
「口ん中、米入ってるから何いってんのかわかんねーよアホ。クラスの連中と弁当食ってたんと違うんか?」
「寝すぎで腹減ったから早弁したんだよ。寝ると意外に腹減るんだわ、これが」
 と、織部は俺からそのスプーンを奪い取った。再度炒飯をほうばった。そのあと俺のカレーうどんからルゥをパクると、炒飯にかけて、またほうばる。
 学科が違う織部は、普段クラスの連中と昼食を取っていた。俺も普段は弁当で、クラスの連中と昼食を取る。織部との出会いはサークルだ。大してすることもない俺は、よく部室に入り浸っていた。そこで同じく暇そうにしている織部と出会った。この前、対戦格闘ゲームで遊んでいたらお互いにムキになって、朝まで対戦をやり続けていた。結局勝敗は百十四勝六十八敗とチョイ勝ちだったが、終ってみれば十四時間ほど経過していた。
「間瀬、今日サークルどうすんの?」
 気付けば織部は、我が物顔でカレーうどんを啜っていた。
「顔は出すけど、夏休みに入るからやることねーだろ。多分すぐ帰ると思う」
 仕返しに残りわずかな炒飯を奪い取り、ライス大に混ぜ込む。なくなっていくカレーうどんのドンブリに指を差した。
「おい、汁残しとけよ」
「何で?」
 すでに半分ほど飲み干した織部は、持ち上げていたドンブリの手を止めた。織部はドンブリから顔をあげ、俺を覗く。油脂が黒縁眼鏡に飛び散っていた。
「いいから。それより眼鏡きったねーな、ちょっと貸せ」
 織部から奪い取るようにして、眼鏡を取りあげた。服の裾でプラスティック硝子面を両面同時に拭く。織部にはライス大に炒飯が混ざって、特盛りになった米を渡した。
「カレーうどんの残りに、これ入れて」
「あっ、そーいうこと」
 織部は納得して、ドンブリに大量の米を放り込んだ。炒飯も入っているが、ダシ入りカレーライスの出来上がり。これでカレーうどんとカレーライスが両方いただけて、しかもたらふく食えて、さらに安上がりだ。
 なんだかんだと、結局織部にほとんど食われてしまったが、最後カレーライスを二人でつつく。カレーライスというよりも、カレー茶漬けといった具合だ。
 がつがつとカレー茶漬けを食っていると、思い出したように織部が口を開く。
「そういや夏休みってさぁ、サークル活動って何にもないんだろ」
「ねーだろうな、元々何にもしないようなサークルだし」
「間瀬はどうすんの? 夏休み」
「多分バイト入れる。今バイトしてるシフトの量、増やすと思うよ」
「あ――そうなの? 俺はどうすっかなー」
 織部は椅子にもたれかかって、天井を見上げた。腕を組んで頭を支え、ぶらぶらと身体を揺らす。眼鏡をつけていない織部の顔は、あまり変わらなかった。
 眼鏡を手渡しして、織部の面をマジマジと覗き込んだ。
「眼鏡返すわ、にしてもお前って全然かわんねーな。眼鏡あってもなかってもさー」
 ショートボブが揺れ動いて、織部はこちらを向く。細い目を和らげ、目尻を弛まして、悪戯っぽくニヤリと笑う。
「当たり前じゃんか。いい女ってのはなー、眼鏡を掛けても掛けなくても、化粧してても素ッピンでも、変わんないんだよ。再確認したか? 間瀬」
「再確認も何も、そんな話、初めて聞いたぞ。ってかどっちかっていえば、綺麗とか美しい方向じゃねーだろ、お前は」
 カレー茶漬けを掬って織部の口に放り込んだ。もぐもぐと頬を栗鼠のように膨らましている。ごくりと織部は飲み込んで、びっくりしたように細い目を大きく見開いた。
「全然わかってねーじゃん。いい女はそうじゃないんだよなぁ――」
 と織部は語り、スプーン一杯に盛り上がったカレー茶漬けを俺の口に押し込んだ。
「俺みたいないい女は、放《ほ》っといても男が群がってくんだよ。あれ? 間瀬、俺のこと好きなんじゃねーの?」
「え?」
 イキナリの発言に口の中のカレー茶漬けを噴き出した。テーブルに米粒が撒き散る。
「おいおいおい……間瀬、汚《きた》ねーなぁ」
 ドンブリに残っている一口ほどのカレー茶漬けを、織部は平《たい》らげた。米塗れのトレイを持ち上げて、食器返却口に向かう。
 不意に女を魅せた織部に驚いた。好きなんじゃねーの? って、自信満々かよ。これまで意識の一つも無かった俺は、かなり不意を突かれた。
 食器を置いた織部は、雑巾を持ってきた。織部はテーブルの上に身体を乗り上げて、さっさとテーブルを拭いた。その拭いている様子をぼうっと眺めていた。しょーがねぇなー、と苦笑してテーブルを拭く織部に、新たな感情が生まれてきた。
「え、なに、本気にしてんの? 冗談だよ、バーカ冗談。エロィなぁー間瀬は」
 うっちゃりばりに肩透かしを喰らって、ぽーかーんとしてしまった。
「な? これが、いい女の条件。俺に群がってくんだよ男どもが」
 拭き終わり、ずれ落ちた眼鏡を持ち上げて、織部は目を細めた。勝ち誇った面持ちで、クスリと笑う。
 微妙に含ませる織部の言葉に、訳もわからず聞いていた。
「どーいうこと?」
「そーいうこと」
 ドンと織部に背中を思いっきり叩かれる。すると携帯からアラームが鳴った、昼からの講義間近を知らせた。俺と織部は席を立ち学食を出た。
 ゆったりと暖かい微風が頬を撫でた。織部のショートの髪が、ひらひらと遊泳していた。斜陽が直接打ちつけて、カラッとした暑さを感じる。
「間瀬ぇ、んじゃサークルでー」
「ああ……」
 また目を細め、織部は元気よく駆け出していった。芝生の上を軽快に走り、振り向いて俺に手を振る。サイケディリックにグラデーションしたトートバッグを小脇に抱え、真っ黒な長いスカートを翻す。そして、後ろ向きで走っていると、芝生に脚を取られて――
「あっコケた」
 織部は豪快にぶっ倒れた。うつ伏せになって腰を上げて、しくったなー、と腰を擦っている。気持ちよく豪快にコケたものだから、腹を抱えて笑ってしまった。しかも、ボーダーのパンツがしっかりと見えた。
「何笑ってんだよ間瀬。バーカ、バーカバーカ」
 織部の大声が飛ぶ。
「うっせーよ、アホーアホー。お前パンツ見えてんぞ、かっこわりぃー」
 パンパンと尻に付いた芝を払って、織部は立ち上がった。俺に向かって蹴る真似をして、笑いながら去っていった。あいかわらずパンツは丸見えだ。俺も講義を受ける教室に向かった。


 ☆


 夏の夕暮れは遅い、六時も終わりに近づいているのにも関わらず、紅くなった太陽は月の存在を隠していた。織部と俺は、駅までの道のりを歩いていた。
 真っ赤に染まる景色の中、両サイドに連なる街灯が灯りを点ける。一斉にグロウに点火して、思い出したようにチカチカと光を灯す。うっすらと明るい中で、早すぎる街灯の明りが煌々と照らしていた。
「なあ、間瀬。明日からバイト入れんの?」
「そーだなぁ」
 俺と織部は並んで歩道を歩いていてる、点々《ぽつぽつ》と明かりは、照らしては過ぎ去り、俺たちを淡く包み込む。夕焼けの紅い太陽と街灯の灯りが同化して、なかなか来ない夜を演出している。
 織部がつまらなそうに、頭の下に腕を組んで歩いているのは、理由があった。講義が終了してサークルに顔を出すと、今日で前期の活動は終了だった。部室自体は出入り自由なので、いつでもゴロゴロは出来るが、夏休みに入って講義が無い場合に、大学に来ることもあまりない。織部は、遊ぶ相手が居なくなってつまらなそうにしていた。
「とりあえず講義があるうちは、サークルに顔をだせよ」
「そーだなぁ」
 大学に来たんならサークルには顔を出すし、コイツと遊ぶのも楽しい。にしても、どうしてコイツはこんなにも、俺と遊びたがるのだろう。昼間学食でいっていた、俺のこと好きなんじゃねーの? が、普段考えもしなかったことを考えさせられる。
 そして、思いもよらない言葉が口から出た。
「え、お前、俺と遊びたいのか?」
「おう、遊びたい遊びたい」
 と、大して相手にもせず、いつものようにぶっきらぼうに答えた。
「だってさぁ、間瀬とじゃねーとつまんないじゃん。ってか、間瀬がいいんだよねー」
「どーいうこと?」
 そういうと、織部は目を大きく見開いて、ビックリした表情を浮かべた。すると――織部は背伸びをして、俺の肩の腕を載せた。見開いていた瞳はすーっと細くなっていき、くだけた笑顔をみせた。
「なあ、間瀬」
「何?」
 怪訝そうな面を織部に向けると、織部は屈託のない笑顔で笑った。
「そーいうこと」
「よーわからんわ」
 呆れて肩をすくめると、織部は眉をしかめた。織部は小脇に抱えたトートバッグを俺に渡し、そして、しょーなねーなぁ間瀬は、と走っていった。
「何だアイツは」
 織部が向かった先は、いつもある屋台のラーメン屋だった。暖簾をわけて、おっちゃーんバターコーン大盛り、とココまで聞こえるぐらいに、デカイ声で注文していた。
 ん……何で俺にバッグを渡したかと、疑問に思った。
 ぼけーっと立ち尽くしていると、壊れかけの長椅子に座った織部が手を振る。
「早くこいよー、間瀬ぇー」
「ああ――わーったよ」
 トートバッグを小脇に抱え、屋台に向かって小走りをした。そうすると、すぐに違和感に気付いた。小走りをしていると、バッグの中の弁当が暴れる、何故か弁当に重みがあった。
 ん? 早弁したっていってたよな。これはおかしいと、バッグから弁当を取り出した。よくみるドーナツ屋の社名の入った弁当、手にずっしりと重みが伝わった。コイツ、弁当食べずに学食に飯、食いにきたんじゃん。特別織部が顔を出すほどの大した話しもしてなかったし、そーいうことなの?
 中身が入った弁当をトートバッグに押し込み、ラーメン屋の暖簾をくぐった。
「おせーよ、間瀬の分も頼んどいたわ」
 隣に座ると、織部は上目使いで眼鏡の隙間から、俺を覗きこむ。海底から熱湯が噴き出すように、ごぼごぼと沸騰した寸胴鍋から蒸気が立ち込める。織部の眼鏡が真っ白に曇っていた。
 織部にトートバックを渡す。すると織部は、なくなるばかりに目を細め、ニヤついた。
「ん、どうした? 間瀬、バッグに何かあった? ――とか、言ってみる。あはは」
「おおーおおー、「とか言ってみる」と、来ましたか、おのれは」
 コイツ確信犯かよ……
 織部に背中を、計十発ほど殴られた後、テーブルにバターコーン大盛りとチャーシュー麺大盛りが並んだ。織部は何もいわずコーンを全部チャーシュー麺に入れて、チャーシューを半分持っていった。
「あいかわらずだな、お前は」
「まあね。だーってさぁバターラーメン無いし、コーン抜き頼んだら損した気分になるだろ。間瀬もコーン食えるからいいじゃねーか、気にすんなよ」
「アホか、お前は。チャーシュー半分がコーンに替わったら、俺が損した気分になんじゃねーか」
「それをレディーファーストっていうんじゃねーのか、バカ」
「使い方間違ってるわ」
 一枚返せアホ、といいながら、織部からチャーシューを引ったくり、ズルズルとラーメンを啜る。織部はおっちゃんに話しかけながらラーメンを啜り、俺のラーメンからチャーシューをさらに持っていく。
「おっちゃん、夏休みどうすんの? 営業すんの?」
「嬢ちゃん心配しなさんな、夏休みでも結構お客来るからね。盆、正月以外は休み無しだ」
「だってさー間瀬」
 何が、だってなんだ。
 ラーメンを食い終わって席を立った、織部はさっさと暖簾をくぐって外に出た。俺に支払いを任せるということか。仕方なく代金を支払っていると、織部が暖簾の隙間から顔を覗かせて、おっちゃんに向かって一言。
「多分毎日来るから、おっちゃんよろしくー」
 その後に、なー間瀬、といままでにないぐらい目を細めて、囁いた。
「さいですかー」
 だってさー間瀬、とはこういうことか。俺に毎日大学へ来いということか。俺はおっちゃんから釣り銭を貰い、先に歩いている織部を追いかけた。
 太陽が沈み、辺りは暗くなっていた。街灯の灯りは本領を発揮する。肩を並べて、駅までの道のりをゆっくりと歩く。
 結局のところ、俺は一体どうしたいんだろう、と考えていた。コイツと一緒に居るのも悪くない、と思っていた。新たに神経を使うような間柄じゃないし、このまま流されてみてもいいかもな、と。
 すると、さっき十発ほど殴られた背中が、いまごろになって痛みが増してきた。
「おい、さっき殴った背中、いまごろになって痛えーじゃねーかよ」
「あぁ? そんなもん間瀬、アレだよ、朝のお返しだよ。いまごろって、おっさんの三ッ日後にくる筋肉痛かよ」
 そういわれると、俺歳くったんかなぁーとか、確かに後に痛みがきたらおっさんだよな、いやいや、まだ早《は》えーよ、とか頭の中を駆け巡る。それで、そういやぁコイツと遊ぶようになってから、ふしぶしが痛いんだよなー、と思い返した。スキンシップとばかりに殴りやがるから……
「うっせーな、そういうお前はちょっとガキ過ぎんだよ」と反発する。
「どういうこった?」
 織部はくいっと首を傾げて、俺を覗き込む。
「お前、昼間、気持ちよく転んだろ。豪快にいったから、パンツ見放題だったぞ」
「何? 間瀬見てたの、俺のショーツ」
「んなもん見えるわアホ。何にしても、もちっと大人っぽいパンツ穿けよ。ボーダーって、レースのヤツとか高そうなつるつるのヤツとか、色々あんだろ」
 その言葉を受けて、織部は少し悩んでいる素振りをみせた。織部は襟首に両手を当てて、夜空を見上げる。そうしてポツリと、織部は呟いた。
「じゃ……買ってくれよ」
「え? いま何て」
 俺の前に回った織部は、黒縁眼鏡の奥の細い目を薄く引き伸ばした。
「だから、ガキっぽいから、間瀬好《ごの》みの大人っぽくてエロっちぃ下着買ってくれよって、いったんだよ」
「何で俺が、買わにゃぁいかんのだ」
 くすっとニヤケた織部は、俺にちょっと屈《かが》めという。織部は、頂きましたーご馳走さんです、といわんばかりに顔がくだけた。そして俺の首に腕を回し、力強く引き寄せた。
「だってな、俺のショーツに文句いうヤツは間瀬しかいねーじゃん。俺は全然気にしてねーし、他のヤツは何にもいわねーし、だから間瀬好みのショーツ穿かせたらいいじゃん、な? そうだろ」
 う……確かに、それが正解とは思わないが、あながち間違ってもいない。コイツ、昼間の屋台もそうだけど、微妙に突きやがる。この話にしたって、そんな簡単なもんじゃねーと思うが、コイツは簡単に片付ける。これ、簡単な話じゃなくて、コイツの人間性が問題なく済ませていた。
 コイツのこと意識しはじめた俺は残念なことに、買ってもいいかー、とか思ってしまっているからだ。
「わーったよアホ、買ってやるよ。近々給料日だから、それで」
「おーおー、これで俺も間瀬色に染まんのかぁ、しょーがねーなぁ。つっても、あんまエロぃの買うなよ、俺ドン引きするから」
「そんな話しなの?」
「違うの? マジでー。ガキっぽい俺を給料日に大人にしてくれんじゃねーの、大人の女性に」
 何だ? いま、もの凄く話がズレたような気がするですけど。大人っぽいパンツを買う話であって、コイツを大人にする話じゃねーと。
「どーいうこと?」
 そういうと、織部はすーっと背後に回って、背中を押した。そのまま押されて、駅に向かって歩かされた。背中越しに織部が一言。
「そーいうこと」
 ズルズルと押されて、織部と俺は駅に向かう。たぶん、そーいうこと、といった織部の目は細くなっていたんだろう。何となく、やけに駅の灯りが明るく思えた。


 ☆


 織部と二人、ホームで電車を待っていた。電球色の蛍光灯は薄暗く、本数も少なかった。陽も沈んだ時間になると大学に備え付けられたような駅は、サークル帰りしか利用しない。利用者も少なくひっそりとしていた。
 結局、コイツに夏休みの予定を決められてしまった。明日にでもバイト先へシフトの予定を伝えないといけない。この調子だと、八月はあんまり稼げそうになかった。まあ、それ以上に充実した毎日が待っているような、コイツ相手だと、そんな気もしないでもない、といったところだった。
 織部はスカートのポケットに両手を入れ、ぼうっとしていた。織部の瞳はとろんとして、睡魔が襲っているようすだった。
「間瀬、駄目だわ、ラーメン食ったらスッゲー眠《ね》みーわ」
「子供か、お前は」
 前へ後ろへと、織部はフラフラになりながら立っていた。織部はイキナリ、コクっと膝が崩れ、俺に寄りかかる。眠らないようにと、織部は目を見開いて睡魔に抵抗していた。
「無理ぃ、間瀬ぇ、ちょっと身体貸せ」
 と、織部はいう。すぐに目が細くなると思いきや、細くならずに織部はそのまま目を瞑った。織部は正面から雪崩れ込んだ、胸に顔を埋め、腕を背中へ回す。
 きょろきょろと辺りを見渡してみると、ベンチに座って寝ている人や時刻表を眺めている人が居る。人数も少なく、見られていないみたいで安堵した。
 織部は胸の中で寝息をたてる、頬がひきあがり、ぶっさいくな面持ちになっていた。あることを確認しようと、織部に声を掛けた。
「天然ですかー?」
 織部からの返事はなかった。目が細くならない、すっかり寝入っていた。俺は一人ポツリと「さいですかー」と、呟いた。
 電車の到着のアナウンスと合図が鳴り、電車は騒音をたてて停止する。織部を抱えて電車に乗り込んだ。
 こちらも人気の少ない電車内、席の角に座り、織部の頭を膝に載せた。真夏の犬がうな垂れているようにぐでーっと上半身をうつ伏せにして、膝に膝にのっかかっていた。織部の黒縁眼鏡は変な方向に曲がり、よだれをたらしている。
 織部のショートボブをわしゃわしゃと弄《いじ》っていると、急に睡魔に襲われた。度重なるトラップの連続が織部の睡眠で休戦になり、知らずに持っていた緊張感がほぐれたのか。視界がぼやけ、意識が飛んだ。
 どのぐらい寝ていたか分らなかったが、車内のアナウンスで少し目が覚めた。うっすらと目を開けると、目の前が真っ黒だった。
「何だこれ?」
 額の辺りがやわらかい。ポンポンと叩いてみると、さらにやわらかい。あー眠《ね》てぇー、と身体を起こしてみると、織部の骨盤辺りに頭を載せていたらしい。真っ暗だったのはスカートらしく、おしりを叩いたみたいだった。
 すると、織部は膝の上で、もそもそと動いた。織部も目が覚めたのか、うつ伏せのまま呟いた。
「間瀬、着いた?」
「いや、着いてねーと思う。多分俺んちの手前の駅辺り」
「あーホント、んじゃーそろそろ起きるか」と、織部も身体を起こした。
 織部と俺は座席に背をもたれさせる、織部と同時に伸びをした。目から涙が少し零れる。織部はあくびをしながら、目を擦っていた。膝の上に転がっていた眼鏡を取って、織部に渡した。
「今日は疲れたよなー間瀬、飯食ったら一気に睡魔がきたわ」
「確かに……俺も疲れた。別に何かあったわけじゃぁ、ねーのにな」
「つっても、何もなかった訳でもねーけど」
 と、織部は眼鏡を拭きながらいう。眼鏡を掛けて、下から見上げる。
「あー確かにそうだわ」
 織部を大人にする話が終って緊張が解けたんだろう。学食から持ち続けていた緊張感から解放され、二人とも寝てしまっていた。仕掛けていた織部は、我慢出来ずホームで寝てしまったけど。
「そんで、間瀬。いい女の条件っての、分ったか?」
「まっ、大体ねー」
 織部の肩に手を伸ばして、引き寄せた。おっヤル気か、とニヤリと笑った織部に顔を近づけた。
 いい女の条件ってのは、今日のコイツの行動で解った。これから実行してやる。織部にいい男をみせてやろーじゃん、と俺は出来るだけ目を細めてニヤリとほくそえんだ。
「お前、サークル夏休みになるから、今日俺に仕掛けたんだろ? 学食でラーメン食うなってさぁ、元々ラーメン屋いくつもりじゃねーか、アホ」
 ものおじもしないで、織部は嬉しそうに、だったら? という。
「そーいうこと」
 すると、織部も目を細めた。悪戯してやるわぁバーカと、いいそうなぐらい表情が崩れた。織部が、間瀬まだまだ甘《あ》めーわ、と呟いた瞬間。
 織部の顔が近づいた。細めていた瞳がすーっとなくなるように目を瞑って、唇が重なる。織部の回した手は、俺の頭の後ろから押し付ける。
 唇が離れると、ニンマリと最高の笑みを浮かべた。
「そーいうこと」
 やられた、いい男を見せようとしたら、いい女に魅せられた。織部のいういい女は、意識させてその気にさせることだ。さらに一つあるが、それは、また目を細めた織部が俺を見ているから、それでわかるだろう。
「間瀬、何かそーいうこととか、わかってねー癖にチョーシに乗りやがったから、いうこと聞けよ」
「なんだよ」
「今から寝るから、俺の駅で起こせ」
「お前んち、俺の駅過ぎてんだろーが」
 織部はしょぼしょぼの目を手の甲で擦り、目を細く弛ませた。
「だーかーらぁ、そーいうーこと」
 そういって織部は、勝手に俺の膝に倒れ込んだ。黒縁眼鏡を俺に渡し、完全に寝ていた。すぅすぅと寝息が聞こえる。
「さいですかー」
 後の一つは、弱みに付け込んで断れなくすることだ。
 嬉しいような悲しいような、ふぅと溜め息を点いた。少し捲くれあがったスカートやシャツをなおしてやり、辺りを眺めた。数少ないが乗客が俺と織部を見ている。肩をすくめて、駅まで寝ることにした。
 目を瞑ると、心地よい電車の振動が伝わった。徐々に電車はブレーキを掛けている、車内から俺が降りるはずの駅名をアナウンスしている。降りることはなく、その駅から電車は走り出した。
 給料日までに、コイツは大人になるだろう。
            了

  1. 2007/01/18(木) 00:38:06|
  2. 短編作品|
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  4. コメント:2

コメント

ミクシィでも書かせていただきましたが、完全に私のツボをついた作品でしたw
  1. 2007/01/19(金) 14:44:57 |
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  3. ませ #-
  4. [ 編集]

突いちゃった? うへへwww

楽しんで頂いてよかったです。多分ツボ突けただろうと思っていましたが、ど真ん中突けたようすで、よかった。
こちらもいいネタをありがとうございました。
  1. 2007/01/19(金) 19:08:58 |
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  3. pool #-
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